インフルエンザの威力と英語が堪能な薬剤師さん

少し前に、インフルエンザにかかりました。
10年ぶりにかかったインフルエンザ・・・。本当にあの威力はすごいです。
関節痛、悪寒、発熱、全身の倦怠感、どれをとってもものすごい威力。
体へのダメージが半端じゃないです。
発熱は39℃弱で、自分的にはそれほどでもなかったけれど、体がだるくてだるくてつらかった。

発症する2日前に家族がインフルエンザにかかっていたので、なんだか節々が痛い?寒気がする?と感じた時点で、すぐにインフルエンザと思ったけど、病院に行ったらやっぱりそのとおり。
検査をして、再度呼ばれて診察室に入ったら、医師がマスクを必死に固定してたので、陽性だと確信しました・・・。

続いて調剤薬局へ行くと、処方せんを見るなり「リレンザ?!リレンザ!在庫大丈夫?!」と必要以上の大声が薬局内で飛び交っていました。
この人インフルエンザです!要注意!みたいな合図でも薬局内であるんだろうか。
ここの薬局には英語を話せる薬剤師さんがいるのですが、とっても流暢な英語で「Relenza!Relenza!!」とも聞こえてきました。
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リレンザはあんまり効いた気がしなかったけど、(10年前にタミフル飲んだ時のほうが、すっきり治ったような?)
発熱が2日続いた後、とりあえず解熱しました。

その後、ひどい鼻水鼻づまりに悩まされましたが、なんとか治った頃。10日後くらい?
なんとまた発熱!
関節痛、悪寒、発熱、全身の倦怠感・・・インフルエンザと全く同じ症状が再び!
しいて言えば、発熱が38℃程度と少し低めでしたが、これはもう再びインフルエンザに違いないと確信して病院に向かいました。

受付の人も、医師も、この発熱ならちょっと・・・という感じで、10日前にインフルエンザやっていても、ごく稀にまたかかる人もいるとのことで、再び検査をしました。
結果、陰性で、ただの風邪とのこと。
インフルエンザで体が弱っていると、風邪もひきやすいのかなと思いました。
インフルエンザでなかったとはいえ、10日以内に2度もインフルエンザの検査をする人もそんなにいないのではないかと。

しかし、今回は予防接種を受けていたのにもかかわらず、発症しました。
手洗いなども気をつけてはいたけど、これはもう防ぎきれないのかなと思います。

在宅医療の薬剤師さんを必要とする患者さんはたくさんいます

ちょっとばかり重いシチュエーションかもしれませんが、若いメディカルスタッフへの気持ちを大きく変えた出来事です。

父は癌を患っていて、田舎でありながらも、いわゆる「市立病院」という、比較的規模の大きな病院にお世話になっていました。
そちらの病院に移って3か月目。
色々な処置の甲斐もなく、転移や再発で痛みが強くなり、最後の入院生活を送っていました。

1年以上の闘病生活の中で、街の大きな病院も経験しながら、80歳を迎える父親へのメディカルスタッフの接し方がいつも気になっていました。
高齢ながら車もしっかりと運転し、パソコンの接続、エアコンの取り付け、屋根の修理だってなんだって業者よりも手際よく、完璧にこなす父でしたが、病院に行くと「高齢者」として扱われるんですね。
もちろん、仕方のないことかもしれませんが、癌という大きな病ですっかり気持ちが落ち込んでいるのに、まるで大きな小学生の患者さんみたいに応対されるのです。
優しいけど、なんかちょっと違和感を感じる家族サイドで、本人がさらにストレスに感じては・・・と思いハラハラさせられていました。
しかし、父の方がそれに合わせて上手に受け答えしながら、ちょっと苦痛そうな表情が見え隠れしていました。
冷静に考えると、それでも逆に気を遣える気力があるんだ、とホッとできたりしていましたが。

市立病院に入院後、急に容体が悪化して、入院1週間で「数日」の余命宣告を受けることになります。
毎日、入れ替わり立ち代わりスタッフの方が様子を見に、処置をしに来てくれます。
ほんとうに若い若いスタッフです。

父が比較的元気な時は、ちょっとフレンドリー過ぎないかしら?と気になっていた口調が、その頃から変わっていきます。
意識が朦朧として、それまで必死に自分でこなそうとしていた身の回りのことを手伝ってもらわなくてはいけなくなった父に、スタッフの方の対応が変わっていきます。
きちんとした敬語、父のお世話を謙虚な様子で淡々と手際よく行います。
父の尊厳を守ってくださっているようなそんな対応です。

今日か明日中には・・・と宣告されてから、3日後に亡くなりました。

こんなことなら在宅医療で父の最期を自宅で迎えたほうが良かったのかな・・・。そんな気持ちも過ぎりました。
知り合いに薬剤師で在宅医療を行っている方がいます。
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その方に以前、在宅医療のことを聴いたことがありました。

そして、結局父の最期を看取れませんでしたが、私は全くそれに後悔はありませんでした。
父が亡くなる前、ある出来事がありました。

家族はまともに食事も睡眠も取れない状況が続いていた時に、まだ見習いくらいの若い男性のスタッフの方に言われました。
「みなさん、ご自宅に戻られて休んでください。
もし休まれている間にお父様が息を引き取られても、ご本人さんは十分お幸せですよ。
意識のあるうちに、ご家族の皆さんが傍にいられたのですから。
それよりも、皆さんの体調の方を気にしていらっしゃるはずです。
僕は、まだそんなに多くの患者さんの経験はありませんが、一番幸せなお父さんだと思いますよ」
彼は声を震わせながら話をしてくれました。

父がいた病棟は「腫瘍外科」。
田舎の総合病院の中にあるその病棟は、余命宣告を受けられた方も多いでしょう。
きっとスタッフの皆さんの対応は、そんな患者さんとの出会いを大切にした経験からにじみ出たものだったのでしょう。
意識が薄れる前、父はスタッフの方とフレンドリーなやり取りができていました。
人生最後の出会いは、この人たちだったんだなと、よい出会いに感謝する思い出です。

彼らはきっと今後も成長されて、素敵な医療人になられることでしょう。
まだまだ若いメディカルスタッフさん、頑張れ!

前日準備が大変だった大腸検査

大腸がん検査先日、近くのかかりつけの病院にて大腸がんの内視鏡検査を受けました。

夏場あたりから胃腸の調子があまり良くなかったこともあり、主治医からの勧めでシブジブという感じで受診しました。
実は、大腸の内視鏡検査については10年以上前に一度だけ経験したことがあります。検査そのものよりも、前日からの準備がとても大変だった記憶があり、その影響もあり抵抗感が強かったのです。

しかし、年齢も50代後半となり何れは検査しないとならない時期がくるし、このまま不安感をかかえたまま日々暮らしていくのも辛いと感じて、思い切って大腸の内視鏡検査を受けることになった次第です。

検査の前日から当日の準備について説明いたします。
前日の朝食は普通食でした。昼ごはんはパンやごはんはOk。但し繊維質の多い物はくれぐれも避けるようにと忠告されました。夕食は、素うどんかお粥にとしていされましたので、素うどんを食べました。時間午後7時までに済ませるようにとのことでしたので、6時半ころにはすませておきました。緊張していたたためか、あまり美味しくなかったです。

色々と準備が大変そうだったので、その日は早めに入浴しました。入浴後落着いててから、20時ころには液状の下剤をコップ一杯の水に溶かして飲みます。少し甘味がありました。すぐ効いてトイレに駆け込んだらどうしようと不安でしたが大丈夫でした。その後、21時から、腸の洗浄液を飲みます。味はポカリスエットの甘味が無いようなしょっぱい味です。専用の容器にその粉を入れてぬるい白湯で溶かしてさましておいた液を10分おきに200CCずつ五回飲まなければなりません。私は夜中にトイレに置きたくないので四回で止めました。午後11時頃にお腹がゴロゴロいいだしましたが、入眠剤を飲んで何とか眠りました。

当日は朝は絶食で、9時前からまた洗浄液を飲みます。このころからトイレへ駆け込みだします。二時間ほどかけて10回程排便してやっと落ち着きました。検査は昼からでしたので、腸の中は空っぽになっており滞りなく終えることができました。結果も特に異状も無く安心しました。大腸がんの検査は検査そのものよりも前日の準備が大変だとつくづくと感じた貴重な経験でした。